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安全保障関連法案の即時廃案を求める声明

2015年8月10日 ジェンダー法学会理事会 理事長 小島妙子
 2013年12月22日、ジェンダー法学会理事会は、第二次安倍内閣が度重なる強行採決の混乱の中で成立させた特定秘密保護法に対して、廃止を求める声明を出しました。そのなかで、構造的なジェンダー不正義を是正する法改正や社会変革をめざす学会活動の前提として、「何人もかけがえのない個人として尊重され、暴力や不当な威圧を受けないという安全が保障される社会」が展望されなければならないと訴えました。
 ところが、安倍晋三首相はその後、自身の政治信条たる明文改憲が世論の根強い反対で当面不可能と感じるや、2014年5月15日、首相会見で集団的自衛権の限定的行使は合憲であるという見解を公表し、同年7月1日に実質的にその旨の閣議決定を行ないました。そして、11もの安全保障関連法案を衆議院に提出して一括審議に付し、2015年7月15日に特別委員会で強行採決しました。同関連法案は翌日衆議院で可決されて参議院での審議が始まりましたが、以下に述べるように、平和主義、立憲主義、民主主義、そしてジェンダー公正のすべての点において看過しがたい重大な問題を孕むものです。
 第一に、安保関連法案は、本年4月に改訂された「日米防衛協力のための指針」を実施するための国内法整備という性格を有しており、自衛隊が米国などの他国の防衛および他国の軍事行動と一体化した後方支援を世界中どこででも行なうことを可能にし、集団的自衛権の行使への道を開くものです。しかし、集団的自衛権の行使は、政府自身が憲法上不可能と、繰り返し述べてきたことであり、圧倒的多数の憲法学者を含む研究者、弁護士会、さらに歴代の内閣法制局長官が違憲であると表明しています。日本政府がこれまで一度も米国の始める戦争に反対してこなかったという事実に鑑みれば、グローバルに展開する米国の戦闘行為に自衛隊が参加する可能性は極めて高いといわざるをえません。他国の軍事行動と一体化した自衛隊の地球規模での武力行使に道を開く本法案は、平和憲法としての日本国憲法を完全に否定するものであり、決して許容されるべきではありません。
 ジェンダー公正の観点から看過できないのは、こうした日本の軍事化政策が、かつて日本が行なった戦時性暴力の事実を過小評価し歴史教科書から消し去ろうとする政治勢力によって推進されていることです。戦争は兵士の殺傷と人格破壊、子どもを含む民間人の犠牲などの悲劇を生みますが、露骨な人種・民族差別や性差別、とりわけ性暴力による女性の人権侵害をも引き起こしてきました。そうした歴史的事実に目をつぶり、まったく反省しようとしない日本政府に私たちは強い危機感を抱くものであり、戦争による性暴力を繰り返してはならないという観点からも安保法案に反対します。
 第二に、このように違憲性が明白な法律を制定しようとする行為は、立憲主義のルールを踏みにじって恥じない暴挙です。立憲主義は国家権力を国民の制定した憲法に従わせ、もって国民一人ひとりの生存と安全と自由を確保しようという人類が編み出した叡智です。それは法秩序の連続性を維持し、諸個人の自由と平等を保障する上での基礎であり、ジェンダー公正な法と社会の構築をめざすジェンダー法学会の研究・実践活動の拠り所でもあります。立憲主義を否定する国は、もはや法の支配する国家とはいえず、権力者の独善的意思の支配を許す国家であり、とりわけ社会的弱者の権利を侵し、その存在を排除する政策が恣意的に遂行される可能性の高い国家です。歴史的に不利な立場に置かれてきた女性や性的少数者に公正な法と社会の実現をめざす本学会にとって、法の根幹にある立憲主義の原則を否定することは絶対に認められません。
 第三に、安倍政権が、徹底して民主主義に反する仕方で安保法案を成立させようとしていることです。多数の法案を一括審議し、内容のない答弁を繰り返すなど、国権の最高機関である国会の審議を軽視する姿勢、つまり国民の代表である自らの政治的責任を回避する姿勢が極まっています。また、すでに各社の世論調査が示しているように、大多数の市民は今回の法案に反対であり、その内容を理解すればするほど、平和を維持するための法案とは程遠い、戦争に参加するための法案であることを認識し始めました。代表制民主主義は、有権者の声だけではなく、それにとどまらない幅広い市民の声をよりよく政治に反映するための仕組みです。代表者である議員は、憲法99条で課せられた憲法尊重擁護義務の下で、時に自らの信条や理念とは異なる市民の声にも耳を傾け、その声を政策へと反映していく責任を負っているのです。市民に対する責任、さらに憲法尊重擁護義務を無視する与党議員たちの政治責任の放棄は、民主主義を否定するものです。
 日本は、自衛隊の存在、日米安全保障条約による核の傘など、実際の政策との矛盾を孕みながらも、武力行使の放棄と戦力不保持を原則とする憲法の平和主義を貫き、その結果、武力によって他国の人民のみならず自国民をも殺傷しない長い戦後の歴史を築き上げてきました。また紛争地域における武装解除や平和構築に日本独自のあり方で貢献し、国際社会にも承認されてきました。こうした日本国憲法の下での平和国家のあり方は、同時に市民社会の「平和」をも生み出してきたといえます。市民社会の平和のなかには、遅々として不十分なものであるとはいえ、戦後日本の社会で進展してきたジェンダー平等と種々の性暴力規制も含まれていました。戦後長い時間をかけて築き上げられてきた平和国家と社会的平和をめざす歩みが、一部政治家たちの独断によって捨て去られてしまうことは、断じて認められません。
ジェンダー法学会理事会は、平和主義、立憲主義、民主主義、そしてジェンダー公正の実現に反する違憲の安全保障関連法案の即時廃案を、ここに求めます。