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森喜朗・前公益財団法人東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会会長の発言に抗議するとともに、政策等の立案及び決定への男女共同参画の一層の推進を要望し、ポジティブ・アクションの理解を深める取組みの強化を求める声明

2021年2月25日 ジェンダー法学会理事会

森前会長は、2021年2月3日の公益財団法人日本オリンピック委員会の臨時評議会において、女性を蔑視した性差別的な発言をし、日本国内のみならず、海外からも厳しい批判を受けて、辞任しました。その発言のなかで、次のように述べました。

「女性理事を4割というのは文科省がうるさくいうんですね。」

「だけど女性がたくさん入っている理事会は時間がかかります。」

「女性を必ずしも増やしていく場合は、発言の時間をある程度規制しておかないとなか

なか終わらないから困ると言っていて、誰が言ったかはいいませんけど、そんなこと

もあります。」

「私どもの組織委員会にも、女性は何人かいますが、7人くらいおられますが、みんなわきまえておられます。みんな競技団体からのご出身で国際的に大きな場所を踏んでおられる方々ばかりです。ですからお話もきちんと的を得た、そういうのが集約されて非常にわれわれに役立っていますが、欠員があるとすぐ女性を選ぼうということになるわけです。」

これらは、ポジティブ・アクション(積極的改善措置)にかかわる発言であり、森前会長が組織の長として、ポジティブ・アクションを推進していく立場にありながら、ポジティブ・アクションの必要性及び意義を全く理解していないことを示しています。

ジェンダー法学会理事会は、ジェンダー法学の立場から、森前会長の上記発言を容認することはできません。

日本は、世界経済フォーラムの「ジェンダーギャップ指数」の順位が、153か国中121位であり、男女平等という点で非常に遅れをとっています。それは、政治や経済分野に指導的地位にある女性が少ないことに大きな原因があります。そのような男女の不平等は、社会的・構造的な性差別によって生み出されています。

ポジティブ・アクションは、これまでの社会的・構造的な性差別によって生み出された男女の不平等を是正し、実質的な男女平等を実現することを目的とする暫定的な措置です。日本国憲法第14条は、性別による差別を禁止し、日本が1985年に批准した女性差別撤廃条約第4条第1項は、事実上の平等を促進することを目的とする暫定的な特別措置(ポジティブ・アクション)を、「差別とならない特別措置」と規定しています。女性差別撤廃委員会は、2004年の「一般勧告第25号 暫定的特別措置」のパラ31で、「締約国は、暫定的特別措置の採用を考慮に入れた規定を憲法または国の法律に含むべきである」とし、日本政府に対し、政治分野、公的部門及び民間部門の意思決定における女性の過小代表に対処するため、クオータ制を含む法定の暫定的な特別措置が講じられていないことの懸念を示しています(「日本の第7回及び第8回合同定期報告に対する最終見解」2016年3月7日)。また、2015年の国連のサミットで採択された2030年までの長期的な開発の指針となる文書の中核をなす「SDGs(持続可能な開発目標)」の「目標5:ジェンダー平等を実現しよう」のターゲットのひとつは、「あらゆるレベルの意思決定における完全で効果的な女性の参画と平等なリーダーシップの機会の確保」となっています。

国内法では、ポジティブ・アクションに関して、1999年に施行された男女共同参画社会基本法第2条第2号は、「積極的改善措置」を「前号に規定する機会(=男女が、社会の対等な構成員として、自らの意思によって社会のあらゆる分野における活動に参画する機会)に係る男女間の格差を改善するため必要な範囲内において、男女のいずれか一方に対し、当該機会を積極的に提供することをいう。」と定義し、同法第5条は、男女共同参画社会の形成は、男女が、社会の対等な構成員として、国若しくは地方公共団体における政策又は民間の団体における方針の立案及び決定に共同して参画する機会が確保されることを旨として行わなければならないとしています。さらに、同法第8条は、国に、「ポジティブ・アクション」や「政策等の立案及び決定への共同参画」を含む男女共同参画社会の形成の促進に関する施策を総合的に策定し、及び実施する責務を課しています。同様に、「ポジティブ・アクション」を含む責務は、地方公共団体(第9条)や国民(第10条)にも課されています。雇用分野では、男女雇用機会均等法第8条は、事業主が女性労働者に関してポジティブ・アクションを行うことを妨げないとし、同法第14条は、ポジティブ・アクションに取組む事業主に対して国は援助することを定めています。

また、政府は、2020年12月25日に閣議決定した第5次男女共同参画基本計画において、「2020 年代の可能な限り早期に指導的地位に占める女性の割合が30%程度となるよう目指して取組を進める」としています。そして、「その水準を通過点として、2030 年代には、誰もが性別を意識することなく活躍でき、指導的地位にある人々の性別に偏りがないような社会となることを目指す」としています。これは、国連の女性の地位委員会が、2030 年までに指導的立場の半分を女性にするという目標「Planet 50-50 by 30」を掲げていることが背景にあります。このように、世界は、男女半々をめざしています。

スポーツの世界においても、ポジティブ・アクションは進められています。たとえば、スポーツ庁の策定した、スポーツ団体が適切な組織運営を行うための原則・規範である「ガバナンスコード」を受けて、日本オリンピック協会は、「女性理事40%」という目標をかかげています。

このように、国際社会においても、日本においても、様々な分野において、ポジティブ・アクションの必要性が認識され、指導的地位にある人々の性別に偏りのない社会を目指して、目標値をかかげて、取組みが進められています。それにもかかわらず、森前会長は、「女性理事を4割というのは文科省がうるさくいうんですね。」と発言しました。この発言は、ポジティブ・アクションを面倒くさいものと受け止めていることを示しています。女性に対する構造的・社会的性差別があることを理解せず、実質的な男女平等のためにポジティブ・アクションが必要であることを全く理解していない発言です

ポジティブ・アクションにより指導的地位の女性が増え、意思決定機関のメンバーになることは、それまで反映されてこなかった女性の意見が組織の運営や方針に反映されるようになり、組織運営が民主化され、方針決定に様々な意見を反映できるようになり、組織が活性化するという意義があります。

しかし、森前会長は、ポジティブ・アクションによって女性理事が増えると、「会議が長くなる」と述べています。この発言は、女性が意思決定機関に参加することは、単に会議の時間を長くするだけであると述べていることを意味します。

そして、伝聞の形で述べてはいますが、女性の発言時間にある程度規制が必要であるとし、他方で「わきまえた発言」をする女性理事は非常に役に立ち、そのような女性は受け入れるとも言っています。この発言は、ポジティブ・アクションの意義を失わせる、由々しき内容を含んでいます。ポジティブ・アクションによって指導的地位に女性が増えても、発言時間を規制されたり、「わきまえた発言」をしたりすることを求められたら、自由に意見を述べられないことになり、ポジティブ・アクションによってもたらされる意義を失わせてしまいます。

そのようなポジティブ・アクションの意義を否定するような森前会長の発言は、看過することができません。なお、ポジティブ・アクションが進まない背景には、女性に対する偏見や差別があり、その解消が急務であることはいうまでもありません。

以上のとおり、ジェンダー法学会理事会は、森前会長の発言に抗議するとともに、国・地方公共団体・民間の団体に対し、スポーツの分野を含めた、あらゆる分野における政策等の立案及び決定への男女共同参画の一層の推進を要望し、そのための手法であるポジティブ・アクションの必要性と意義が十分理解されていない現状に鑑みて、政府に対し、ポジティブ・アクションについて理解を深める取組みを強化することを求めます。