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ジェンダー法学会設立趣意書

私たちは、法学をジェンダーの視点からより深く研究すること、研究と実務の架橋をすること、ジェンダー法学に関する教育を開発し深めることを、主たる目的とする学会の設立を考えました。あらゆる法分野・法領域の研究者・実務家が集まり、政治学、社会学、心理学、思想など多面的な研究成果からの刺激を受けつつ、各自の専門領域を超え、学際的にジェンダー法学の課題に取り組みたいと考えます。

はじめに、共通の認識として提起しておきたいことがあります。それは、ジェンダーという概念自体が変化し、展開していることです。これまで性差を「生物学的性差」と「社会的文化的性差」に区分し、後者をジェンダーとしてきましたが、前者についても、性差を男女に二元的に固定化し、社会的に制度として組織化してきたこと、前者と後者には密接な相互関連性があることが分析されています。本会では、両者を含めてジェンダーとして考察したいと考えます。

20世紀の最後の四半世紀には、国際女性年(1975年)、国連女性の十年(1976~1985年)の中で、女性差別撤廃条約(1979年)が採択され、国連主催の4回の世界女性会議(1975、1980、1985、1995年)が開催されました。こうした流れは、国内外の広範な市民運動と問題認識の深化をもたらし、1990年代後半から、日本においても男女共同参画社会基本法、男女雇用機会均等法改正、ストーカー規制法、DV防止法などが、なお改善の余地を残しつつも、ともかく制定、施行される一方、ライフスタイルに中立的な法制度の構築として、税制や社会保障制度のあり方の見直しが始まりました。これまでの固定的な性別役割分業システムを転換し、個人が男女という性別ではなく、その人の意欲・能力・適性に基づき自己の生き方を選択できる社会、その前提として、何人もかけがえのない個人として尊重され、暴力や不当な威圧を受けないという安全が保障される社会を展望できる時代が到来しようとしています。

しかし、そのような社会・時代は自動的にやってくるわけではありません。日常的に、DV、セクシュアル・ハラスメント、スクール・ハラスメントなどが起こり、雇用の場では、相変わらず仕事に専念できる男性を基幹とする構造が再生産され、子育て支援施策は、両立支援よりも少子化対策に傾斜しており、家庭内の家事・育児・介護の両性による対等な分担を支える仕組みは十分とはいえません。選択的夫婦別氏制、離婚法の見直し、婚外子の相続分差別の撤廃などを含む民法改正は、法制審議会の答申から7年を迎えますが、未だに政府から国会上程されていません。性的マイノリティの権利・自由もまだ確立していません。

また裁判官、検察官、警察官、弁護士、家事調停委員など司法に携わる人々の中に、ジェンダー・バイアスが存在することが実証されています。目標とする社会と現実のギャップは大きく、従来型の社会を良しとする層からの根強い反発、男女共同参画施策へのバックラッシュもあります。これらを克服するには、ジェンダーに基づく不平等、差別が生じた社会的背景、それを支えた法制度を構造的、批判的に分析し、これからの時代にふさわしい個人と社会の関係を考え、両性の平等が実現した社会を築くために不可欠な法・制度のあり方を検討する必要があります。

昨年から、法学専門誌において、法律時報2002年8月号「ジェンダーと家族」、ジュリスト2003年1月1-15日号「ジェンダーと法」、労働法律旬報2003年1月25日号「社会法とジェンダー」、現代刑事法2003年3月1日号「ジェンダーと刑事法」などの特集が組まれました。また法律時報の学界回顧に2003年から「ジェンダーと法」のコーナーを設けることも決まりました。法学分野でジェンダーへの問題関心は高まっています。

しかし、これまでは個々の法領域において、個々の関心の下に研究がなされていたように思います。個別の専門の法学系学会では、こうした研究について総論的な議論にとどまることもあり、ジェンダーに関わる法学的な研究の問題意識、方法論、内容について、関心を相互に共有し、質疑を通じて深めることは難しい面があります。ジェンダーの問題にいち早く取り組み、問題提起と解決を試みてきた実務と協同した研究活動はまだまだ端緒を開きつつある段階です。

ところで現在、法科大学院設置を間近にして、全国の法学系大学では、学部・大学院のカリキュラム改革・作成が進められています。しかし、カリキュラムの中にジェンダーの視点を取り入れた特定の科目を設置したり、憲法・民法・刑法など基幹的な法律科目のシラバスの中に必ずジェンダーに関わるテーマを取り上げるなどの取り組みをする大学院は、今のところ数校にとどまっています。司法におけるジェンダー・バイアスをなくすためには、法学部、法科大学院においてジェンダー法学に関する教育を実施し、優れた人権感覚を有する法曹を養成すると同時に、すでに法の専門家として活動する人々に対してもジェンダー教育を行い、専門職を高度化することが欠かせません。またジェンダー法学に関する専門の学部・学科のない現状においては、次の世代の研究者を育成し、協同する層を拡大する必要があります。

以上のようなことから、冒頭のような目的を有する学会の設立を企画しました。はなはだ不遜ではありますが、こうした趣旨にご賛同いただける方々に、広く学会設立へのご協力と、積極的な学会へのご参加をお願い申し上げる次第です。

どうかよろしくお願い申し上げます。

2003年6月12日
発起人、賛同者一同